滋賀学区は比叡山と琵琶湖の間に位置しています。
667年、この地に天智天皇が近江大津宮を建設しましたが5年後に壬申の乱が起こり廃都となりました。昭和49年(1974年)に錦織地区で大規模な遺跡が発見され、大津の宮跡として国の史跡に指定されました。
南志賀地区には、7世紀後半の白鳳時代と奈良から平安時代にかけての瓦窯跡と付随した工房跡である榿の木原(はんのきはら)遺跡があります。西側の宇佐山には、1570年に織田信長の家臣である森可成が築いた山城の宇佐山城址があり、現在は石垣が残り、滋賀学区と琵琶湖が一望できる絶景スポットとなっています。
近江神宮
滋賀市民センター3階の会議室から見る滋賀学区の風景も一変し、湖岸沿いには多くのマンションが建設され、かつては一面田畑であった所が宅地開発され、急激に人口が増加しています。競輪場跡地は公園と複合型商業施設に生まれ変わり、休日は多くの市民で賑わっています。また、天智天皇をまつる近江神宮には漏刻(水時計)や百人一首かるたの聖地として多くの参拝者が訪れています。 このように滋賀学区は豊かな歴史遺産と自然に恵まれ、四季を通じて多くの人が訪れています。
一方で、地域のまちづくりは核家族化や価値観の多様化などにより自治会に加入しない世帯や活動に参加する人の固定化、役員の担い手不足などが生じていることから、自分たちの住むまちの特性や歴史・文化を活かしたまちづくりを進め、地域が抱える課題解決に取り組むことが必要となってきました。このため、自治連合会や自治会、各種団体、事業所などを構成員とした滋賀学区まちづくり協議会を令和3年12月に設立し、地域の現状や課題を見据え、「誰もが住んでみたい滋賀」を目指してまちづくの取り組みを進めています。
学区ふれあい文化祭
学区ふれあい文化祭